ヘッダーの始まり

グローバルナビゲーションの始まり
ホームニュース特集インタビュー動画コラムレビューランキングフォトギャラリーピックアップ
最新映画情報V ブログ教えて!エンタ業界転職情報フロムジャパンV プラスメールマガジンプレゼント映画データベース
パンくず式ナビゲーション

映画データベース検索

  ヘルプ

作品情報

阿片戦争

◇基本データ

タイトル阿片戦争

原題鴉片戦争 The Opium War

公開年1997年

製作国中国

配給徳間書店=東光徳間

◇スタッフ

監督 シェ・チン (Jin Xie)  

製作 タン・プーユン (Tang Bu-Yun)   シエン・シアリアン (Shen Xia-Liang)   チン・リーチュー (Zing Li-Zhu)  

脚本 チュー・スーチン (Zhu Su-Jin)   ニー・チェン (Ni Zhen)   ツォン・フーシエン (Zong Fu-Xian)   マイ・ティエンシュー (Mai Tian-shu)  

企画 リー・シン    リー・シエン    アン・ホイ (Ann Hui)  

撮影 ホウ・ヨン (Hou Yong)  

音楽 チン・フーツァイ (Fu-Zai Jin)   ホアン・ハンチー (Huang Han Qi)  

美術 シャオ・ルイカン (Rui-Gang Shao)  

録音 ライ・チーシェン (Qi-Zhen Lai)   ワン・シュエイー (Wang Xue-Yi)  

字幕 遠藤寿美子 (Sumiko Endo)  

字幕監修 森繁 (モリシゲル)  

◇キャスト

俳優名役名

スー・ミン (Min Su)道光皇帝

ホー・クオアン (Bao Guo-An)林則徐欽差大臣

リン・リェンクン (Lin Lian-Kun)Qi Shan

ラン・シャン (Lung Sihung)何敬容

カオ・ユアン (Gao Yuan)蓉兒

チアン・ホア (Jiang Hua)関天培

ボブ・ペック (Bob Peck)Dent

ウィリアムズ・サイモン (Williams Simon)Charles Elliot

デニス・ヒル (Dennis Hill)George Elliot

◇解説

香港返還を機会に、近代中国の命運を決した阿片戦争の様相を描いた大作ドラマ。監督は「犬と女と刑老人」などのシエ・チンがあたった。企画はリー・シン、リー・シエンに、「客途愁恨」などの監督でもあるアン・ホイが参加、イギリス部分の撮影にも協力した。脚本は作家でもあるチュー・スーチン、「紅夢」のニー・チェン、ツォン・フーシエン、マイ・ティエンシューの共同。撮影は「青い凧」ほか田壮壮監督とのコンビで知られるホウ・ヨン。音楽は「最後の貴族」以来監督とコンビを組むチン・フーツァイ、ホアン・ハンチー。美術は「人生は琴の弦のように」のシャオ・ロイカン。録音はライ・チーシェンとワン・シュエイー。出演は中国演劇界のヴェテラン、ホー・クオアン、「恋人たちの食卓」のラン・ション、RSCのボブ・ペックほか。

◇ストーリー※ストーリーには結末の記載を含むものもありますのでご注意ください。

清代、道光年間(1820?1850)。イギリスの圧力により国内のアヘンが蔓延、人も世も乱れた。1839年、道光帝(スー・ミン)はアヘン取締りのため、欽差大臣・林則徐(ホー・クオアン)をアヘン密輸の拠点・広東に赴任させた。広東ではイギリス商人デント(ボブ・ペック)と何敬容(ラン・ション)が結託し、税関役人を買収してアヘン密輸を黙認させ、巨利を貧っていた。林則徐は赴任早々、アヘンの売人を処刑し、何敬容を投獄、アヘンに染まる役人を処分するなど徹底した取締りをはじめ、イギリスはじめ外国商人にアヘンの引き渡しを要求した。そこへ駐清商務監督チャールズ・エリオット(ウィリアムズ・サイモン)が広東に到着。彼はイギリス人らにアヘンの引き渡しを命令したが、これは清朝に開戦を迫るための計略のひとつだった。アヘン2万箱以上が清朝に引き渡され、道光帝の命により、それらは海中に廃棄された。エリオットはパーマストン外相(ベンジャミン・ホワイトロー)あての手紙をデントに託し帰国させた。パーマストンの提議による、清国出兵がイギリス議会で可決された。1839年6月。虎門海上、珠江を封鎖した遠征軍司令官ジョージ・エリオット(デニス・ヒル)以下の遠征軍は広東北部の舟山列島攻撃を開始、定海が陥落。道光帝は激怒し、敵艦隊が到着するや、責任者として林則徐を罷免した。林則徐は地位を追われ、後任のチー・シャン(リン・リエンクン)が派遣されたが、結局イギリスの圧力に屈し、「川鼻条約」でアヘンの賠償と香港割譲を要求された。チーシャンはイギリス軍慰撫を命じたが、芸妓・蓉兒は拒否し、処刑された。勝ち目はなかったが、イギリス軍との戦争は必至だった。虎門砲台。軍門提督・関天培以下、清国兵士は奮闘するが及ばず壊滅した。チー・シャンも罷免され、林則徐は辺境へ追放された。1842年。「南京条約」調印、香港島は割譲され、その後、香港は1997年までイギリスの植民地下に入ったのだった。

(c) キネマ旬報社
(c) Variety Japan

  ヘルプ

関連記事

関連記事はありません。

パンくず式ナビゲーション
広告エリアの始まり


フッターの始まり