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作品情報

二十四の瞳(1954)

◇基本データ

タイトル二十四の瞳(1954)

公開年1954年

製作国日本

配給松竹

◇スタッフ

監督 木下恵介 (キノシタケイスケ)  

製作 桑田良太郎 (クワタリョウタロウ)  

原作 壷井栄 (ツボイサカエ)  

脚色 木下恵介 (キノシタケイスケ)  

撮影 楠田浩之 (クスダヒロユキ)  

音楽 木下忠司 (キノシタタダシ)  

美術 中村公彦 (ナカムラキミヒコ)  

録音 大野久男 (オオノヒサオ)  

照明 豊島良三   

◇キャスト

俳優名役名

高峰秀子 (タカミネヒデコ)大石久子

天本英世 (アマモトヒデヨ)大石久子の夫

八代敏之 (ヤシロトシユキ)久子の子大吉

木下尚寅 (キノシタナオトラ)久子の子八津

夏川静江 (ナツカワシズエ)久子の母

笠智衆 (Ryu Chishu)分教場の男先生

浦辺粂子 (ウラベクメコ)男先生の奥さん

明石潮 (アカシウシオ)校長先生

高橋豊子 (タカハシトヨコ)小林先生

小林十九二 (コバヤシトクジ)松江の父

草香田鶴子 (クサカタヅコ)松江の母

清川虹子 (Nijiko Kiyokawa)よろずやのおかみ

高原駿雄 (タカハラトシオ)小ツルの父

浪花千栄子 (ナニワチエコ)飯屋のかみさん

田村高廣 (タムラタカヒロ)岡田磯吉

郷古仁史 (ゴウコヒトシ)岡田磯吉(本校時代)

郷古秀樹 (ゴウコヒデキ)岡田磯吉(分校時代)

三浦礼 (ミウラレイ)竹下竹一

渡辺四郎 (ワタナベシロウ)竹下竹一(本校時代)

渡辺五雄 (ワタナベイツオ)竹下竹一(分校時代)

戸井田康国 (トイダヤスクニ)徳田吉次

宮川純一 (ミヤカワジュンイチ)徳田吉次(本校時代)

宮川真 (ミヤカワマコト)徳田吉次(分校時代)

大槻義一 (オオツキヨシカズ)森岡正

寺下隆章 (テラシタタカアキ)森岡正(本校時代)

寺下雄朗 森岡正(分校時代)

清水龍雄 (シミズタツオ)相沢仁太

佐藤武志 (サトウタケシ)相沢仁太(本校時代)

佐藤国男 (サトウクニオ)相沢仁太(分校時代)

月丘夢路 (ツキオカユメジ)香川マスノ

石井シサ子 (イシイシサコ)香川マスノ(本校時代)

石井裕子 (イシイユウコ)香川マスノ(分校時代)

篠原都代子 (シノハラトヨコ)西口ミサ子

小池章子 (コイケアキコ)西口ミサ子(本校時代)

小池泰代 (コイケヤスヨ)西口ミサ子(分校時代)

井川邦子 (イガワクニコ)川本松江

草野貞子 (クサノサダコ)川本松江(本校時代)

草野節子 (クサノセツコ)川本松江(分校時代)

小林トシ子 (コバヤシトシコ)山石早苗

加瀬香代子 (カセカヨコ)山石早苗(本校時代)

加瀬かを子 (カセカヲコ)山石早苗(分校時代)

田辺南穂子 (タナベナホコ)加部小ツル(本校時代)

田辺由実子 (タナベユミコ)加部小ツル(分校時代)

尾津豊子 山下富士子(本校時代)

神原いく子 (カンバライクコ)山下富士子(分校時代)

永井美子 (ナガイヨシコ)片桐コトエ

上原雅子 (ウエハラマサコ)片桐コトエ(本校時代)

上原博子 (ウエハラヒロコ)片桐コトエ(分校時代)

◇解説

「女の園」に次ぐ木下恵介監督作品。壷井栄の原作を同監督自身が脚色している。撮影も「女の園」の楠田浩之、音楽は「三つの愛」の木下忠司。出演者は「女の園」の高峰秀子、田村高廣、天本英世、「昨日と明日の間」の月丘夢路「陽は沈まず」の小林トシ子、笠智衆など。

◇ストーリー※ストーリーには結末の記載を含むものもありますのでご注意ください。

昭和三年四月、大石久子は新任のおなご先生として、瀬戸内海小豆島の分校へ赴任した。一年生の磯吉、吉次、竹一、マスノミサ子、松江、早苗、小ツル、コトエなど十二人の二十四の瞳が、初めて教壇に立つ久子には特に愛らしく思えた。二十四の瞳は足を挫いて学校を休んでいる久子を、二里も歩いて訪れてきてくれた。しかし久子は自転車に乗れなくなり、近くの本校へ転任せねばならなかった。五年生になって二十四の瞳は本校へ通う様になった。久子は結婚していた。貧しい村の子供達は卒業を迎えても誰一人望み通り進学出来ず、母の死んだ松江は金比羅の食堂へ奉公に出された。八年後--その頃擡頭した日本の軍国主義は久子を教壇から追い、大東亜戦争は夫まで殺した。島の男の子は次々と前線へ送られ、竹一等三人が戦死し、ミサ子は結婚し、早苗は教師に、小ツルは産婆に、そしてコトエは肺病で死んだ。久子には既に子供が三人あったが、二つになる末っ子は栄養失調で死んだ。終戦の翌年--久子は再び岬の分教場におなご先生として就任した。教え児の中には、松江やミサ子の子供もいた。一夜、ミサ子、早苗、松江、マスノ、磯吉、吉次が久子を囲んで歓迎会を開いてくれた。二十四の瞳は揃わなかったけれど、想い出だけは今も彼等の胸に残っていた。

(c) キネマ旬報社
(c) Variety Japan

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