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作品情報

笛吹川

◇基本データ

タイトル笛吹川

公開年1960年

製作国日本

配給松竹

◇スタッフ

監督 木下恵介 (キノシタケイスケ)  

製作 細谷辰雄 (ホソヤタツオ)  

原作 深沢七郎 (フカザワシチロウ)  

脚色 木下恵介 (キノシタケイスケ)  

撮影 楠田浩之 (クスダヒロユキ)  

音楽 木下忠司 (キノシタタダシ)  

美術 伊藤熹朔 (イトウキサク)   江崎孝坪   

編集 杉原よし (スギハラヨシ)  

録音 大野久男 (オオノヒサオ)  

照明 豊島良三   

制作補 脇田茂 (ワキタシゲル)  

◇キャスト

俳優名役名

加藤嘉 (カトウヨシ)おじい

織田政雄 (オダマサオ)半平

大源寺竜介 (ダイゲンジリュウスケ)半蔵

山岡久乃 (ヤマオカヒサノ)ミツ

青木三知子 (アオキミチコ)タケ(十四歳)

矢吹寿子 タケ(成人)

内野しげみ (ウチノシゲミ)ヒサ(十二歳)

小林トシ子 (コバヤシトシコ)ヒサ(成人)

斎木新太郎 (サイキシンタロウ)定平(九歳)

田村登志麿 (タムラトシマロ)定平(十六歳)

田村高廣 (タムラタカヒロ)定平(成人)

高峰秀子 (タカミネヒデコ)おけい

大谷正行 (オオタニマサユキ)惣蔵(四・五歳)

高宝財 惣蔵(八歳)

市川染五郎 (イチカワソメゴロウ)惣蔵(十六歳-)

亀谷雅敬 安蔵(七歳)

中村万之助 安蔵(十五歳-)

岡本和久 (オカモトカズヒサ)平吉(五歳)

永幡洋 (ナガハタヒロシ)平吉(十三歳)

田中晋二 (タナカシンジ)平吉(十七歳-)

岩井京子 (イワイキョウコ)ウメ(十四・五歳)

岩下志麻 (イワシタシマ)ウメ(二十歳-)

渡辺文雄 (ワタナベフミオ)虚吉

荒木道子 (アラキミチコ)タツ

伊藤弘子 (イトウヒロコ)ノブ

川津祐介 (カワヅユウスケ)次郎

伊藤茂信 (イトウシゲノブ)久蔵(五歳)

松本幸四郎 (マツモトコウシロウ)上杉謙信

中村勘三郎 (ナカムラカンザブロウ)武田信玄

武内亨 (タケウチトオル)武田勝頼

浜田寅彦 (ハマダトラヒコ)武田勝頼聖道

井川邦子 (イガワクニコ)御寮人様

山根七郎治 快川

小笠原章二郎 (オガサワラショウジロウ)方丈

安部徹 (Tooru Abe)勝やん

原泉 (ハラセン)老女

小瀬朗 (オセロウ)茂平

市原悦子 (イチハラエツコ)黒駒の嫁

小林十九二 (コバヤシトクジ)権さん

坂東市太郎 (バンドウイチタロウ)老人A

中村福録 (ナカムラフクロク)老人B

中村駒七 (ナカムラコマシチ)老人C

山崎満 (ヤマザキミツル)村人一

◇解説

深沢七郎の同名小説の映画化で、戦国時代を背景に笛吹川のほとりに住む貧農の五代にわたる約六十余年の物語。「春の夢」の木下恵介が脚色・監督した。撮影も「春の夢」の楠田浩之。

◇ストーリー※ストーリーには結末の記載を含むものもありますのでご注意ください。

戦国時代。甲斐国の笛吹橋の袂に一軒の貧しい家があった。敷居は土手と同じ高さだが、縁の下は四本の丸太棒で土手の下から支えられていて遠くからは吊られた虫籠のように見えるので、村ではギッチョン籠と呼ばれていた。この百姓家には、おじいと婿の半平、孫のタケ、ヒサ、半蔵が住んでいた。もう一人の孫は竹野原に嫁いでいた。おじいは、半蔵がお屋形様(武田信虎)の戦についていき、飯田河原の合戦で手柄をたてたのに大喜びである。お屋形様に生れた男の坊子(ボコ)の後産を埋める大役を半平が申しつかった。おじいがその役をひったくったが、御胞衣を地面に埋める時血で汚し、家来に斬られた。その同じ日、近くの家で赤ん坊が生まれ、その子はおじいの生れ代りと信じられた。やがて、半蔵もおじいと同じ左足に傷を受けてチンバになり、遂には討死してしまった。しかし、戦についていくと褒美が貰えたり、出世したりするので、村の若い者はみんな戦に行きたがっていた。年は移り、ミツの子・定平がおけいを嫁にした。おけいはビッコだったが、よく働いた。そのうち、半平は病死した。歳月は流れた。定平とおけいの間には長い間ボコが生れなかったが、双子嫁の万丈さんが死んだ日、惣蔵が生れた。一年を経て、次男の安蔵が生れた。タケとヒサが死んで惣蔵が三つになった時、ミツが後妻に行った山口屋が大金特になりすぎたためにお屋形に嫉まれて焼打をくった。ミツは殺され、子供タツは娘のノブを連れて甲府を逃げ出し、定平の世話でかくまわれた。タツはお屋形様に恨みを抱き、武田家を呪った。ノブは男に捨てられ、男のボコを生み落したが寺の門前に捨て、死んだ。やがて、定平とおけいの間には三男平吉が生れ、三人の男の子と末娘ウメを抱え、夫婦はオヤテット(手伝いに行くこと)に出て働いた。子供たちは成人し、惣蔵と安蔵は戦に行った。ウメまでも奉公に出てしまった。やがて、信州の高遠城が落ち、惣蔵たちは笛吹橋に敗走してきた。おけいはお屋形様の行列を追って、笛吹川の土手を駈けながら子供たちの名を呼び続けた。しかし、子供たちはふり返ろうともしなかった。涙を拭いながらおけいは行列についていった。行列は天目山をめざした。安蔵と平吉は甲府のお聖道様の許に馬を馳せたが、敵の囲みを破って引き返すのが精一杯だった。二人が戻った時には、惣蔵の子久蔵を抱えたおけいも、ウメも死んでいた。安蔵と平吉は、お屋形様の人たちがたてこもった恵林寺に向ったが、十重二十重にとり囲まれ、火をかけられていた。安蔵と平吉は刺しちがえて倒れた。ノブの子次郎を求めて駈けつけたタツも炎にまかれてしまった。定平がたった一人とり残された。笛吹橋の下で野菜を洗おうとしゃがんた定平の目前に、武田家の旗差物が流れていく。

(c) キネマ旬報社
(c) Variety Japan

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