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作品情報

第50回全国高校野球選手権大会 青春

◇基本データ

タイトル第50回全国高校野球選手権大会 青春

公開年1968年

製作国日本

配給東宝

◇スタッフ

監督 市川崑 (Kon Ichikawa)  

製作 衣奈多喜男    菅野長吉   

製作総指揮 広岡知男   

脚本 井手雅人 (イデマサト)   白坂依志夫 (シラサカヨシオ)   谷川俊太郎 (Shuntaro Tanikawa)   伊藤清 (イトウキヨシ)  

撮影 植松永吉 (ウエマツエイキチ)  

音楽監督 山本直純 (ヤマモトナオズミ)  

編集 高木正雄 (タカギマサオ)  

録音 大橋鉄矢 (オオハシテツヤ)  

スクリプター 芥川比呂志 (Akutagawa Hiroshi)  

◇キャスト

俳優名役名

◇解説

全国高校野球選手権大会の大会五十回を記念して企画、製作された長篇記録映画。四年前、「東京オリンピック」で話題をなげた市川崑が総監督として、甲子園を目標に励む球児や晴れの舞台で活躍する選手たちを、“青春”をテーマに描いたもの。

◇ストーリー※ストーリーには結末の記載を含むものもありますのでご注意ください。

プロローグ=大鉄傘に風の音が冷たい冬の甲子園球場には、人影一つない。この風景からはあの烈日の下にエネルギーを爆発させる高校生の姿を想像することは困難だ。歴史=大正四年八月十六日、第一回全国中等学校優勝野球大会は、豊中球場に十校を迎え紋付羽織袴の村山朝日新聞社長の始球式で、熱戦の火蓋をきった。優勝校京都二中。大正十三年、甲子園球場完成。昭和八年、第十九回準優勝戦、中京対明石の四時間五十五分に及ぶ激突は、大会史の最高峰に位置する一戦だった。死闘二十五合、中京は明石を1対0でやぶり、続く松山商業との優勝戦にも勝ち、輝く三年連続優勝の偉業を成し遂げた。昭和二十三年その名称が、全国高等学校野球選手権大会と改められた。青春の歴史は、激動の日本を貫いて、細くだが力強く受継がれ、本年八月九日、第五十回を迎えたのである。トレーニング=厳寒の北国。あかぎれの手、かじかんだ手がボールをつかみ、バットを握る。群立する煙突、スモッグに覆われた都会でも、練習に励む野球部員の姿がある。やがて春。硬質の打球音が響いてきた。暮色の漂うグラウンドで、練習が黙々と続けられる。挨まみれのユニホームと顔。苛酷なまでに厳しいノックの雨。カッとまぶしい南国沖縄。ジェット機の騒音の下、ここでも精魂をこめた猛練習が行なわれている。地区予選=七月、各地一斉に予選が始まった。その出場校は、二千四百六十校に及び、各都道府県と沖縄から四十八代表校が決った。そして対戦相手を抽選する大阪フェスティバルホールは、組合せが決まる度ごとにどよめく。甲子園球場=スタンドを埋めた大観衆。やがて割れるような拍手が起り、大観衆が揺れ動く。選手入場である。夢にまでみた甲子園。その土を踏む日焼けした顔は、感激のためか緊張してみえる。続いて、国旗、大会旗の掲揚、国歌演奏。舞上る数百羽の鳩。一転して、解体された戦時中の甲子園球場。戦死した野球人の面影。第一球をワインドアップする投手。享栄対倉敷工、かくして今大会四十七試合の熱戦の幕が切って落された。投手戦あり打撃戦あり、そして延長戦もある。青春をぶっつけた白熱の試合が展開し、選手たちは能力の限界に挑んだ。観衆から球場係員、そして街頭のテレビに群がる人々まで、選手の一球一打を追っている。やがて沖縄代表の興南対大阪代表の興国の準決勝戦から、興国対静岡商業の決勝戦へ。球趣は、盛上った。真剣そのものの選手たち、優勝への緊迫感が、回を追うごとに高まる。観衆のどよめきが拍手に変った。初出場興国高校が1対0で優勝の栄冠を勝ちとった一瞬である。

(c) キネマ旬報社
(c) Variety Japan

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