日本春歌考
| ◇基本データ |
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| タイトル | 日本春歌考 |
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| 公開年 | 1967年 |
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| 製作国 | 日本 |
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| 配給 | 松竹 |
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| ◇解説 |
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| 添田知道が性に関する俗歌を収集した「日本春歌考」(カッパブックス)に題名を借りて、「白昼の通り魔」の田村孟、「忍者武芸帳」の佐々木守と大島渚、それに十九歳の新人田島敏男が共同でシナリオを執筆、大島渚が監督した異色の風俗ドラマ。撮影はやはり「忍者武芸帳」の高田昭。 |
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| ◇ストーリー | ※ストーリーには結末の記載を含むものもありますのでご注意ください。 |
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| 豊秋は広井や丸山たちと共に大学受験のため上京してきた地方の高校生である。彼は試験場で見た女の印象から“チャタレイ夫人”を想い浮べ、性欲を感じた。女生徒の名は藤原眉子といい、ベトナム戦争反対の署名を集めていた。試験の終った後、街へ出た豊秋たちはなんとなく建国記念日反対のデモに加わったがそこで、かつて彼らの教師で、いま大学のドクターコースに学んでいる大竹と彼の恋人高子を認めた。豊秋たちは高子の白い脚を見ていっそう性欲を刺激され、デパートで助けた万引女をホテルに誘ったが失敗した。翌日、クラスメートの女生徒早苗や幸子と会った彼らは、大竹を訪ねたが、大竹は居酒屋で豊秋たちの性的欲求不満を見てとるとやおら春歌を歌い始めた。そして男生徒は一層性欲的になったのだが、女生徒は意味も分らず、無邪気に唱和していた。その夜、忘れ物を取りに大竹を訪ねた豊秋は、ガス管を蹴とばして寝ている大竹を見たが、助ける気にならなかった。春歌を歌って眉子を犯す場面を想像していたのである。翌朝大竹の死体が発見され、女生徒は泣いて悲しんだ。だが、豊秋は“泣いている女は性欲的存在である”という哲学的命題を立て、高子を訪ねた。そして大竹を助けなかったことを告白し、一番から十番まで春歌を歌うと十一番目に高子を抱いたのだが、初めてのことでうまくいかなかった。事件は過失ということになったがその後、豊秋たちはプロテストソング大会で眉子に会い、空想で彼女を犯したと告げたが、意外にも眉子は空想を実現して欲しいと言う。彼らはある教室の中でそれを実行したのだった。彼らの行動は抑圧された性欲に根ざしていたが、現代の社会で抑圧されているものは若者の性欲ばかりではなかった。 |
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