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作品情報

SOS北極… 赤いテント

◇基本データ

タイトルSOS北極… 赤いテント

原題The Red Tent

公開年1970年

製作国ソ連 イタリア

配給日本ヘラルド映画

◇スタッフ

監督 ミハイル・カラトーゾフ (Mikhail Kalatozov)  

製作 フランコ・クリスタルディ (Franco Cristaldi)  

脚本 エンニオ・デ・コンチーニ (Ennio De Concini)   ミハイル・カラトーゾフ (Mikhail Kalatozov)  

撮影 レオニード・カラーシニコフ (Leonid Kalashnikov)  

◇キャスト

俳優名役名

ピーター・フィンチ (Peter Finch)U. Novire

ショーン・コネリー (Sean Connery)R. Amunzen

クラウディア・カルディナーレ (Claudia Cardinale)Valleria

ハーディ・クリューガー (Hardy Kruger(1))Rundburg

マリオ・アドルフ (Mario Adorf)Biagi

マッシモ・ジロッティ (Massimo Girotti)Captain of the Krussin

エドワルド・マルゼヴィッチ (Edward Marzevic)Fin Marmgren

ルイジ・ヴァンヌッキ (Luigi Vannucchi)Zappi

◇解説

今世紀前半、世界を最も騒然とさせた“イタリア号遭難事件”を再現した七○ミリ大作。製作は「誘惑されて棄てられて」のフランコ・クリスタルディ、監督は「怒りのキューバ」のミハイル・カラトーゾフ。脚本は「ナポリと女と泥棒たち」のエンニオ・デ・コンチーニとミハイル・カラトーゾフの共同執筆。撮影はレオニード・カラーシニコフがそれぞれ担当。出演は「遥か群衆を離れて」のピーター・フィンチ、「007は二度死ぬ」のショーン・コネリー、「サンタ・ビットリアの秘密」のハーディ・クリューガー、「アフリカ大空輸」のクラウディア・カルディナーレ、「わが命つきるとも」のポール・スコフィールド、「ナポリと女と泥棒たち」のマリオ・アドルフ、「テオレマ」のマッシモ・ジロッティ、ほかにエドワルド・マルゼヴィッチ、ルイジ・ヴァンヌッキなど。カラー、七○ミリ。

◇ストーリー※ストーリーには結末の記載を含むものもありますのでご注意ください。

一九二六年、ノルウェーの有名な極地探検家ロアルド・アムンゼン(S・コネリー)とアメリカ人エルスワースは、イタリアの飛行船の権威者ウンベルト・ノビレ大佐(P・フィンチ)の設計の飛行船“第一号”を買い、操縦者にノビレをたのんで、北極横断に成功した。夢は実現したものの、成功後の行動などを互いに非難し合い、ノビレとアムンゼンの仲は険悪なものにたってしまった。飛行の成功で少将に昇進したノビレは、新造飛行船”第2号”を完成させ、再度極点を目指す準備を始めた。一九二八年四月十四日深夜、ノビレほか、スウェーデンの気象学者マルムグレン(E・マルゼヴィッチ)など十六名を乗せて“イタリア号”と名付けられた飛行船は、極点めざして飛び発った。やがて「我れ極点に達す」という電文がローマにとどき、イタリア全土は讃辞でわき返った。しかし、それもつかの間のことだった。イタリア号からの電信が、急にとだえてしまったのだ。その頃乗組員たちは恐ろしい極寒、強風と闘っていた。しかし、ついにイタリア号は氷塊に激突、機関室にいた人々の命が奪われた。そして六月八日、ようやく遭難の場所が確認された。彼等は流氷の上にいたのだった。マルムグレンの恋人で看護婦のワレリヤ(C・カルディナーレ)は、各国の基地の飛行士に救助を求めたが、一蹴されてしまった。赤いテントをはって酷寒に耐えていた乗組員も、だんだん疲労の色が濃くなってきた。その頃、探検史上最大の国際的救助活動がはじまった。ノビレのもとの親友であり、いまや仇敵ともいえるアムンゼンもその一人だった。彼は借金を精算してから、ギボー大尉のラタム号に乗り込んで、救助にむかった。しかし機は目的地にはつかなかった。第二の悲劇であった。六月二四日、スウェーデンのルンドボルイ中尉(H・クリューガー)は赤いテントのそばに着陸することに成功、ノビレをのせて、飛び立った。しかし、ノビレ一人を救助するのは、ファシスト政権下のイタリア政府のワナだった。世界中の非難は、予想どおりノビレに向けられた。七月十二日、ソ連の砕氷船クラッシン号は、赤いテントの人々を救助し、この手柄を世界が讃えた。ノビレは遭難の全責任をかぶされ、将軍位も剥奪され、公職からも追放された。あの事件から四○年経った今、ノビレの部屋で故人となった当事者が彼に容赦なく非難をあびせていた。しかし、ノビレは一言の弁明もしなかったが、アムンゼンには理解できた。ノビレには全力を尽した自信だけはあった。それだけがアムンゼンや死んだ人々への、彼の弁明であった。

(c) キネマ旬報社
(c) Variety Japan

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